「妻が、○○○した。」(追記 ネタバレになりかねないので伏せ字に変更しました)
というインパクトのある書き出しに少々戸惑いつつ、自然と引き込まれていきました。
ラブドール職人である哲雄と、美人で理想の妻を絵に描いたような存在である園子の夫婦の物語です。
書き出しやラブドールという題材はセンセーショナルではあれど、ストーリーとしては夫婦のすれ違いや愛を描く普遍的なものと言っていいと思います。その普遍的なものを描く説得力がディテールの真摯な描写や台詞にありました。
物語は哲雄の視点で進んでいきます。哲雄の夫婦の問題に対しての様子には人でなしとなじりたくなる気持ちと、人間って結局身勝手でこれが人間味というものかもと相反する気持ちが私のなかにあります。
そんな(?)哲雄から語られる園子は魅力的で、それがこの作品の魅力の1つにもなっています。
けれど、園子の視点から物語が語られることはありません。
園子は一体、どんなことをどんな熱量で思っていたのだろうなぁ。
夫婦という2人の世界の物語でも、結局は自分の視点からしか世界は見ることができない。結局は別の個体なんだからさ、相手のことを分かったような気になるのは幻想で完璧に分かることなんて出来やしないんだ。それでも一緒にいたいならなんとか相手の台詞や仕草から歩み寄って寄り添って関係性を築いていくしかない。泥に塗れながらもなんとか離れずに築くことのできた関係性の形はどんなものでも尊い。
そんなことが頭に浮かびました。
ねぇ、君は、私といたときにどんなことをどんな熱量で思っていましたか?