海底の先

日常や本、映画などで心が動いた瞬間を文章にします。

「夢の向こう、約束の場所」

 夢の中でだけ行ける場所があるのは私だけだろうか?

 

 その場所がどんなところだったかは思い出せない。そこは実際には存在しない場所なのだ。夢の記憶は起きたときにはあっても、すこし動いたりするとまったく思い出せなくなる。なにかがあった、という感触だけ残る。そのかすかな感触も日がまた沈むとなくなってしまう。

 

 それでも夢の中でそこに行くと、「来たことがある」ことが確実に分かる「よく知った場所」なのだ。

 

 そんな場所が幼い頃から複数ある。一体いくつあるのだろう。それは眠っていない私には分からないことだ。

 

 夢の中で私のもうひとつの人生があってもおかしくないんじゃなかろうか。

 

 そもそも夢って一体なんなんだ?ブログを書いている今の私が夢を見ていないとどうやって断言できる?

 

 この類のことは哲学の範囲で議論されたり、子どもが持つ純粋な疑問としてもよくあがることだ。

 普遍的な疑問なのだから、そう不安がることはない。

 

 夢日記でもつけてみようか。