淡々と進む旅が何故こんなに愛おしく感じるのだろうと思いながら読み進めていた。
サッカー少女である亜美は綺麗だった。あまりに綺麗すぎたのだ。亜美の表情が頭の中から離れない。
途中で出てくる、みどりという女性には多くの人が共感を覚えるだろう。なぜならば世の中の大半は私も含めてみどり側の人間だからだ。
小説家である亜美の叔父は書くことに真摯に向き合っている。書くということは、とても矛盾している行為なのだと思う。
自室の本棚を見ながらここにある小説には全部人間のことが書かれている、という当然のことにふと思いを馳せた時を思い出した。あれは高校生くらいのときだっただろうか。
目の前にある本たちには、何百ページにも渡って人間のことが描写してある。それは他者である人間が読むために書かれたものだ。人間のことを人間のために書く。それは人間に対して愛情がなくてはできない。小説の集まった本棚を眺めながら、それはほぼ狂気とも言っていいようなものに思えた。
小説は人への愛情に溢れたものなのだ!
そのことに気が付いた驚愕と興奮に虜になってしまい、その感情を書き残すことなくいつの間にか忘れたままでいた。
『旅する練習』は久しぶりにそのことを思い出させてくれる愛情と忍耐に満ちていた。